割れ窓理論を理解し、完璧主義な自分を赦す。
どうも、しょうだいです。
先日、達人プログラマーという本を読んでいて、初めて聞いた理論に「割れ窓理論」というのがありました。
建物の窓がたった一つだけ割れているだけで、「この建物はないがしろにしてもいいんだ」と無意識に判断して、その建物のそばでポイ捨てをしたり、掃除をしなくなったりと、一つ悪くなるだけで連鎖的に悪くなっていくことを説明している理論のことですね。
日常生活だと、落書きのある河川敷の橋下にはさらに落書きが増える事例や、あの人が掃除をサボっているから、私もサボって良いよねと考える事例、あとは普段食生活を気を付けていても、一食暴食したら「もう今日は不摂生しちゃお!」と合理的でもなんでもない判断をする事例が代表的なのかなーと思いますね。
この理論が机上の空論ではなく、現実世界でも顕在化している以上、僕たちはこの理論を認識しておくことはとても大切だと考えています。
僕はこの理論の裏側には「完璧主義」があるとにらんでいます。
完璧主義は今や社会問題になるくらいみんなが陥っている問題ですよね。特に何かを成し遂げたい、何者かになりたいと思っている人は一度はこの症状に陥って悩んでいるんじゃないかなと思います。
かくいう僕もそうでしたしね。
さて、完璧主義って漏れなく完成させるという意味もあるけど、トコトン破壊する、汚すというのもある種の完璧主義と捉えています。「漏れなく」という視点からいくと完成も破壊も完璧主義になりうるのかなと。
これを踏まえて割れ窓理論を見ていくと、割れ窓理論は一つでも悪いものがあればドンドン悪くなり、最終的には最悪の状態にまで至ってしまうことなので、まさしく完璧主義に陥っているというわけですね。
そうなると、割れ窓理論≒人間の完璧主義がもたらしているが成り立つので、僕たちが完璧主義に陥ってしまうのはもはや自然の摂理とも言えます。
じゃあもう完璧主義に従って、満足するものを出せるまで自分で抱えておけばいいんだ…じゃなくて、次は割れ窓理論を上手に活用したらよいと思っています。
ほんの少し悪い状態なだけなのに、「あーもうどうにでもなれー!」とか思ってしまいがちですが、この感情になったときに「あ、今割れ窓理論にハマっているな」といったん頭によぎるだけでよいのです。
一回この思考が入ると少し冷静になれますよ。
この理論を知るきっかけになった「達人プログラマー」の中でも、結果として悪い状態になったとしても、常に改善する意思を持ち、野放しにせず対処をすればよいとも言っています。
ざっくりいえば、臭い物に蓋をせずにとりあえず改善に動こうぜってことですね。
めちゃくちゃシンプルです。
仕事のことで何か悪いところがあればそれに向き合う。健康のことで何か悪いところがあればそれに向き合う。人間関係で何か悪いところがあればそれに向き合う。経済的に何か悪いところがあればそれに向き合う。
みんな完璧主義、割れ窓理論に陥っているから行動できずにモヤモヤしてしまうんですよね。
完璧主義に陥るのは自然の摂理だから、良い意味で自分のせいじゃないなと開き直り、割れ窓理論にほんの少し、たった一つだけ抗ってみる。
僕もその一歩を踏み出しています。
やってみると案外難しくないなと感じますね。